医師とクスリは使いよう 予防医療についてー内科医の逆襲ー前編
- arigatouashiya
- Apr 1
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Updated: Apr 11

1972年に英国EMI社(ビートルズのレコードで有名)が発売したX線コンピュータ断層装置(以下CT)は頭部専用でしたが、その後の技術進歩の結果、78年に全身用CTを東芝が国産化しました。
この機械があれば、内臓を輪切りにしたレントゲン画像が得られます。
血管からの出血・腸管破裂などの急性病変から慢性の変性病変、特にガンなどが痛い思いをしなくても様々な病変を調べられるようになりました。
価格は1台数億円。
当初は大学病院などの研究施設に導入されましたが、この画期的な機械はコンピュータと同じように技術が進んで性能が上がるのに価格は下がるというサイクルをくりかえしました。
値下がりしたといっても80年代の日本では、CTを導入するには豪邸を建てられるぐらいのお金が必要でした。
高度経済成長を経た日本は福祉の分野でも余裕があり、当時の高齢者の医療費は無料(昭和57年まで)、もしくは月400円の定額制(平成9年まで)。
現在、健康保険で被保険者の自己負担率は3割ですが、この頃の被用者保険制度では負担率は本人が1割でした。
患者が病院に掛かる金銭的負担が少ない時代で、平成14年に長期処方が解禁されるまでは病院に行っても、薬は14日までしか出せないというルールもありました。
20世紀の日本の病院には患者があふれ、老人のサロンと化していました。
どの病医院経営者も羽振りが良かったのはこの頃までです。
日本の病院は潤沢な資金力を生かして80年代に導入を始め、1990年にはすでに世界一のCT機器設置台数を誇るまでになりました。
これだけ急速に普及したのには、お金の他にも理由があります。
その頃、ガンは『罹ったら死ぬ』病気でした。
貧血なり体重減少なり、はっきり自覚できる症状が出た頃には相当病気が進んでおり、病院に行ってもすでに手遅れの場合が多かったのです。
全身用CTの普及に先立つこと約十数年、それまではバリウムを飲んで影絵の形からガンが有るか無いかを想像するしかなかった消化器病の領域でも、ファイバースコープを使用した胃内視鏡が開発されています。
胃内視鏡の普及により、いままでは見つからなかったガンの発見、診断治療が可能となりました。
しかし、胃内視鏡はスコープを飲み込む際の苦痛があり、術者によっても結果に差が出ます。
それに比べてCTは、被爆という問題はあるものの、患者の痛みはありません。
また、技師・術者が違っても、設定を間違わなければさほど差は出ません。
つまり、誰でもCTさえ撮れば、今まで見つからなかった全身の病気を見つけることができるようになりました。
厚労省の5年毎にみた死因統計を見てみると、戦後すぐまでは結核が死因の一位でしたが、60年代に脳血管疾患にとって変わられ、85年からは悪性新生物すなわちガンによる死亡が最多となりました。
結核は伝染病で、栄養・衛生状態が良くなり、治療するクスリが行き渡ったために病気そのものが減ったものと思われます。
脳血管疾患は動脈硬化が原因でガンと同様に高齢者に起こる病気です。
数年でガンや動脈硬化による病気が大きく増えたり減ったりすることはありません。
ガンが増えた原因は、今まで見つからなかったものを見つける手段ができたおかげで表に出てきたもの、と考えるのが妥当でしょう。
医は仁術と言われますが、病院経営者としては損をすることは許されませんし、収益が上がった方がよりうれしいものです。
患者さんのために買うとはいえ、高い機械にはお金を生むことを期待します。
CT機器を導入すれば小さなガンでも早く見つけることができる。
早いうちに小さなガンを見つければ、死の病気であるガンも手術をして完治する。
検査費用で赤字が出ても、ガンを見つけて手術をすれば手術費用や入院費用で元は取れる、と経営者は考えます。
価格の高いCT機器を導入して検査するだけでは赤字の場合もありますが、広告費のように最終的に黒字になればOKです。
余裕のあった医療財政という状況をみれば、CT機器を導入する事でガンの早期発見・早期手術をするという考えは経営者にとって合理的な選択でした。
こうして、『ガンの早期発見・早期治療』という考え方が広まりました。
外科医を目指す医学生がもっとも多くなったのがこの頃です。
このあと、内科医も同じ手法をとることになります。
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