医師とクスリ 1.長生きの相場 その3
その1,その2で、みんながどれぐらい元気でどれぐらい長生きするか?という相場について書きました。
自分の立ち位置をみていただいて目標より遠いところにいるならそれなりの努力をと述べましたが、実際に患者さんがどこを目指すかは、前項で書いたように非常に個人的な問題です。
孫が優秀な官僚で、将来が楽しみなので100歳でも120歳でも長生きしたいという方もいれば、100歳近くまで生きていた父親がボケて世話が大変だったので子供に迷惑をかけたくないし先に逝った妻の元に行きたい、という方もおられるでしょう。
外来で血圧やコレステロールの数値をみているだけでは患者さんがどれぐらい長生きしたいか分からないので、私は患者さんに何歳ぐらいまで頑張りますか?と直接尋ねるようにしています。
同じ人でも、生きているうちに孫やひ孫が社会で活躍したり、オリンピックが大阪で開かれたり、不老不死のクスリが開発されたり、夫と息子が亡くなり気の合わない嫁と同居せざるを得なくなったりすると、状況が変わるため長生きをしたい/したくないと思う程度についてはその時々で変わるので、何度も何度も尋ねるようにしています。
新聞TVなどのマスメディアでは、そこまで長生きを望んでいないという方に『ほんなら早よくたばったらええねん』とは絶対に言えませんし、言いません。
『そんなこと言わずに長生きを目指しましょう!』という方向にしか向きません。
しかし、減薬外来・お薬少なめにと謳っているクリニックを開いているせいか、私のもとにはそんなに長生きを望んでいない人がたくさん来られます。
この問いに対して、『ほどほどでええわ』と答える方の場合は、質問した瞬間は自然体というかある意味運命を受け入れておられる方のように思われます。
こういう方にはこちらも身体的・時間的・金銭的に負担にならないように治療をほどほどにして、弱ってきたら自然に任せる、というあうんの呼吸で治療を進めやすい傾向にあります。
ただ、弱ってくるということは体調が悪化するわけですから、治療を行っている医師に対する不信感は募りがちになります。
なので医師との信頼関係の醸成はすごく大事です。
できるだけ長生きしたい、最高の治療をして欲しいという方の治療は、実は簡単です。
ガイドラインに従って、手間暇お金や検査のツラさを考えず、数値を安定させるべく副作用が出ないように投薬を行えばよいだけです。
ガイドラインは、多くの人がより長く生きられるということが統計的に証明されている治療の事です。
例えば、血圧やコレステロールは低い方が良いとか、減塩して酒・タバコに制限を加える、などです。
当然、患者にとっても、そういう治療を望むなら、たくさんのクスリを飲んで医師の言うとおりにいろいろ節制することを求められます。
前項で触れたように、男性が100歳越えして元気でいられる確率は東大医学部に入る確率に匹敵し、節制や投薬によって目標に達する確率が少しでも上がるなら、やらない手はない、ということです。
最高の治療というのは一般的に、長生きできる治療です。
医師は最高の治療を論文などの証拠から知識を得て治療に当たります。
特にクスリを使うことによって患者の状態を良くする内科医にとって、最新・最良の治療とは、必ずクスリが増えたり新しくなったりする治療です。
なぜならクスリを減らすことは簡単にできますが、減らしてより長生きできたという論文は絶対に出ません。
簡単にできることは既に多くの医師が実践しており、目新しい事がないので論文にする意味がありません。
ということで、長生きをするための医療は必ず濃厚なものになります。
クルマの修理/整備に例えると、最高の修理/整備は定期的に保守点検をして、異常が出る前に耐用年数が来たら早めに部品を交換するようなものです。
大事なクルマが点検を省いたり故障した部品を放っておいてクルマが長保ちすることはないので、修理中は愛車で家族旅行することは諦めて、お金を用意して修理屋さんとのやりとりもしないといけませんが、修理すれば安心して乗ることができます。
要は、それなりに手間とお金と時間と気持ちが損なわれるということです。
これに対し、あなたにとってバランス型の治療、という考え方もあります。
医療にかける手間暇お金を減らし、減った分の余裕をその他の事に振り向ける、という考え方です。
時間を仕事ややりがいのあることに使うのもアリですし、節約したお金で温泉旅行もいいでしょう。
同じくクルマに例えると、エンジン・ブレーキなどすぐ困る部分は中古部品を使って修理するけど、エンジンオイルの交換やちょっとした異音などは次の車検まで様子をみておく。
修理に回すお金を家族旅行に使って良い思い出もできたので、そのせいでクルマの調子が悪くなっても、そんなもんかと諦める。
整備・修理しない車の方が長保ちする、ということはないので仕方ないですね。
医師にとって一番困る答えは『元気でいられるなら長生きしたい』という答えです。
健康に対してお金と手間と時間を割いて生活するのは元気と言わないような気がするけども、統計上はそういうことをする方がちょっとだけ長生きする事がはっきりしているからです。
ちょっとだけの長生きのためにどれぐらいのお金と手間暇をかけるのがいいのかは、個人個人で考え方が全く違います。
そのうえ、患者さん一人ひとり、どういう病気になってどういう負担が必要になるのかはわからないので、その時点で一番良いと思われる治療をせざるを得ません。
なので、こういうことを言う患者さんには、目標に近づくように投薬・節制の度合を強めていきますが、厳しくしていくと『あそこの先生は厳しい・クスリばっかり出す』といって、別の病院に行かれます。
『通るなら一番いい大学に行きたい』と言っている受験生が、授業のレベルを上げていくと理解が進まなくて結局授業を受けなくなるような感じかなと思います。
勉強して東大をはじめ難関大学に合格し、学問を修めて一流企業に就職して社長を目指すのも人生。
部活に打ち込むことも、バイトで貯めたお金でどうしても欲しかったものを手に入れた時の喜びを得るのも、本気で愛したあの人との甘酸っぱい思い出を残す事もあなたの過ごしてきた人生です。
正解はありません。
同じように、担当の先生には、一緒に寄り添ってもらえるように、あなたがどうしたいかをはっきり伝えて下さいね。
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